ビルマ独立の父 アウンサン将軍の略歴
ビルマ(ミャンマー)の独立を勝ち取った英雄、アウンサン将軍の生涯を以下の項目に分けてご紹介します。
1.生い立ちと教育
生年月日: 1915年2月13日
出身地: マグウェ管区 ナッマウッ町
両親: 弁護士ウー・パー と ドー・スー
幼名: マウン・テイン・リン
学歴: イェナンチャウン国民高等学校を経て、1932年にヤンゴン大学へ進学。
功績: ヤンゴン大学学生会(TKS)の執行委員、副会長、会長を歴任。植民地教育制度に反対する学生運動を主導した。
2.政治活動
タキン・アウンサン: 1938年に「ドバマ・アセーアヨーン(我らビルマ人連盟)」に加入し、事務局長を務める。この頃から「タキン・アウンサン」として知られるようになる。
三十人の志士: 1940年、独立への支援を求めるため中国(アモイ)へ出国し、その後日本へ渡る。そこで「三十人の志士」を結成し、軍事訓練を受けた。
BIA: 1941年、タイのバンコクでビルマ独立義勇軍(BIA)を結成した。
3.独立闘争と抗日運動
日本のファシズム体制に反旗を翻し、1945年3月27日に日本軍に対する抗日蜂起を主導した。
「反ファシスト人民自由連盟(AFPFL)」を結成し、総裁に就任した。
4.パンロン合意と独立への道
アウンサン・アトリー協定: 1947年1月、ロンドンにて1年以内の独立を約束する「アウンサン・アトリー協定」に署名した。
パンロン合意: 1947年2月12日、山地民族と平地民族が一体となって独立を勝ち取るため、各民族指導者と共に「パンロン合意」を締結した(この日は現在「連邦の日」として制定されている)。
5.暗殺(殉職者の日)
1947年7月19日(土)午前10時37分、ヤンゴンの閣僚評議会ビルにて閣僚会議中に、ガロン・ウー・ソーの刺客によって暗殺された。
享年32歳。
結び:
アウンサン将軍は、その誠実さ、自己犠牲の精神、そして国家に対する深い先見の明により、今もなおビルマ国民の心の中に深く刻まれている偉大な指導者です。






























